IV. 結論
経験を積んだ聴衆あるいは熟練演奏者は管体の壁材料の性質と厚みが違うだけでは、同一のマウスピース材料のフルート間を識別することができるという証拠は見出せなかった。それは材料と厚み変化が非常に著しい時でさえもである。もちろん、識別センスが十分に鋭くて区別を確認できる個人がいることはあり得る。しかし、そうとしてもその人達は明らかに一般的ではない。更に、同一の楽器で同一の音を出そうと注意深く試みても変化を生み出し、それは材料に関係するものよりも感知可能なものである。演奏者の一人は3本の楽器のうち一つは吹き始めはやや音程が下がるようだと、正しく指摘した。この効果は重い銅管の大きな熱容量によるものであり、それは他の2つよりもゆっくりとウォームアップするのである。これはフルートを構成する特定のある材料を好む一つの理由の例である。また、多くの他の例がある。しかしながら音質あるいは応答性はその範疇ではない。
フルート材料の音色への影響
『フルート価格の検討』を別ページに記載しているのでここをクリックしてください。
また、コルトマン博士の書簡の和訳をしたのでここをクリックしてください。
そして、ウィーン国立音楽大学の学生の論文『壁材料とフルートの音』を和訳したのでここをクリックしてください。
III. 演奏者との実験
楽器間を識別する演奏者の能力の客観的尺度を得るために、音発生に関すること以外の識別手掛かりを排除する必要がある。これは図1に示すやり方で達成した。I.章に記述した3本のフルートを中心棒に対称的に置き、軸を平行にして配置し、同じ中心棒に固定したプラスチック遮蔽板を通して頭管部を突き出させた。演奏者はフルートではなく、中心棒を掴むようにした。
そして演奏者の頭部が通常の吹き位置にある時には楽器部分を形成する管体を見えないようにした。遮蔽板内部のウエートで楽器の重量差に起因する不平衡を補正した。その結果、すべての面で視覚的、触覚的な識別手掛かりを排除した。
試験を行なうに際して、被験者はフルートを切り換えるために取り付け部分(中心棒)を回転させて如何なる順序でも楽器を吹くことを許された。しかし、吹き位置は変更なしとした。好きな音色の楽器(あるいは再度識別できると思われる楽器)を被験者は選択するように求められた。そして実験実行者はその選択を記録した。
それから被験者は取り付け部分を回転させて識別を失わせるように告げられた。そしてそれから自由に種々の楽器を吹いて、被験者の元々の楽器を見つけるよう告げられた。その被験者がそれを見つけたと納得した時、彼は実験者に告げ、実験者は正の時は1点を、誤の時は0点を記録した。元々の選択楽器を見つける1回のつの実験は5回の試技で構成した。その結果、実験スコアは0から5に変化できることになる。
Ⅱ.聴衆との実験
最初の試行は同一奏者の演奏時に聴衆が3本の楽器を識別できるかどうか確認する目的とした。27名の観察者が聞き取り実験に同時に参加した。そのうち20名がプロあるいは上級アマチュア音楽家であり、うち13名はフルーティストである、7名はほとんど訓練や経験のない者達である。
試行は著者と共に行ない、フルートは750µm厚のアルミ蒸着マイラー膜で作られた小さな仕切りの背後で演奏された。その仕切りの音透過は15kHzを優に越えるものである。実験は室内楽演奏に度々使用される音響的に処置された教室で実施された。
各々の試行で3回の同一音楽フレーズが演奏された。その内の2回は同一の楽器で演奏された。観察者は異なった楽器が使用された位置に印を付けるよう指示された。この技法は、より良いあるいは悪い音質の基準を避け、そして木管あるいは銀管がこう響くべきとの推測に頼らなくしようという理由で選んだのである。
このような試行を36回行なった。
初めの6回の試行では、フレーズは単純にシングルタンギングで、持続音で、楽器の基音で、構成した。銀管と木管フルートだけを使用し、試行1回の中の演奏順序はランダムに変化させた。
3回つの試行について木管フルートだけを特異とし、他の3回の試行は銀管を特異とした。
似た組合せの6回の試行では銀管と銅管を比較した。観察者には6回の各試行で、どの2組のフルートを比較しているのかを伝えた。
第3と第4のグループは第2モード(約800Hz)を響かせた以外は同一とした。また第5と第6グループのフレーズはG4から1オクターブ上への滑らかな往復移行で構成した。
観察者からはフルーティストとして、他の音楽家として、聴衆としての音楽的な背景と、プロ、上級アマチュア、学生、ほとんど訓練や経験のない者、としての自己の等級を追加的に集めた。
得られた結果は多くの方法で統計的に確認される。完成には結果を2つの表に纏めた。
表Ⅰは個人スコアを2グループに分けて示した。(個人スコアは全36回の試行のうち、観察者が正確にその楽器と識別した数である。)1つは熟練あるいは音楽的に訓練された者達、他の1つはほとんど訓練なしか経験のない者達のグループである。
純粋にランダムな仮定では、試行の1/3の成功となるわけであり、従ってスコアは12が期待される。単一スコアの標準偏差は2.8であり、観察者27名の平均は12±0.5であるべきである。
コルトマン博士の論文は知っている人は多いと思いますが、和訳はさがしても見つかりません。英語の論文は知っていても内容が理解し切れていなかった人が多いのではと思います、そこで暇を見つけながら和訳したので紹介します。題名のとおりフルートの材料に関して興味ある記述があるので、ぜひ読んでみて下さい。意訳はできるだけ避けました。
著者は次のURLに紹介されています。
https://ccrma.stanford.edu/marl/Coltman/ColtmanBio.html
その一部を和訳しておきます。
物理学者で、ウエスチングハウス社の退任研究担当役員であったジョン・W・コルトマン博士 (1915-2010) はこれまで多くの余暇をフルートの音楽的、歴史的、音響的な面の研究に捧げてきた。
注目の論文は『アメリカ音響学会ジャーナル Volume 49 Number 2 1971年』に掲載されたものです。
その時、著者は56歳でした。
原文はこのURLにあります。
https://ccrma.stanford.edu/marl/Coltman/documents/Coltman-1.06.pdf
以下その和訳です。
フルーティスト | スコア | 備考 | ||
A | 4 | 0 | 1 | 平均スコア 1.3 標準偏差 0.35 |
B | 0 | 2 | ||
C | 0 | 2 | ||
D | 2 | 1 |
表II 36回の試行での投票の分布。W、S、Cは各々木管、銀管、銅管の意味であり、1回の試行中での吹いた位置を示す。(訳注:1回の試行で吹く3回の試技のうち、このアルファベット記号付きだけが異なる材料である。)
表Ⅰ 全36回の試行での観察者27名のスコア
謝辞
実験の設計と結果の統計的解析の協力でウエスチングハウス研究所のRobert Hooke氏に感謝する。
参考文献
1. J. Backus, Acoust. Soc. Amer. 36, 1881-1887 (1964)
2. J. Backus and T. C. Hundley, J. Acoust. Soc. Amer. 39, 936-945 (1966)
3. J. –C. Risset and M. Mathews, Phys.Today 22, 23-33 (1969)
4. J. Backus, The Acoustical Foundations of Music (Norton, New York, 1969), p. 208
5. F. A. Saunders, Sound 1, 7-15 (1962)
序説
管楽器の音質は管の壁材料(訳注:要するに管体の材料のこと)が決定するという役割はかねてから論争の題目であった。機械に息を吹き込ませる楽器1),2)での持続音の実験室的計測は壁材料が感知できるほどの効果があるとの根拠を一般的に示すものではなかった。
これらの実験にもかかわらず、楽器メーカー、演奏者、聴衆は壁材料の性質が楽器の音に影響を与えるのだと言い張り続けている。金属製クラリネットは学校でのバンドの使用に限って適切であると考えられている。交響曲演奏者達はピッコロに木の使用継続を主張しているにもかかわらず、銀製フルートは今日ほとんどの国々で標準と受け止められている。材料の性質だけでなく、壁の厚みも重要と考えられている。高品質フルートの多くのメーカーは機械的必要条件と両立させながらできるだけ薄く壁を作る努力をしている。同時に高密度(大比重)が好ましいと見ている。Vareseは『密度21.05』(訳注:白金の密度は21.05g/cm3)という題の文章を書き、アメリカの最も有名なフルート奏者であるGeorges Barrereの演奏する白金フルートを賞賛した。
このように、実験室計測結果と使用者の意見には顕著な齟齬が存在する。持続音の高調波含有は楽器を特徴づけるには十分ではなく、聴衆は判定には過渡的効果に一般的に頼っていることが明らか3)になっている。更に演奏者側の立ち位置から、楽器の応答性、すなわち音を作り出し変化させる容易さが重要な観点であり、それは結果としての音の性質とは無関係なものであろう。これはまた持続音の実験室計測の妥当性を疑問へと導くのである。
これらの討論すべてにおいて、(Backus4)が指摘するように、これらの討論は多分初期石器時代に議論の場を開始しており、人の大腿骨で作るフルートが竹の管からのものより遥かに良いと主張したのである。)管理された客観的な実験の報告がほとんど完全に欠落している。それは聴衆と演奏者が実際的に種々の材料でできた楽器を判別できる度合いを決定できる方向を示す実験である。
従って次に記載する2種の実験の実施に価値があると思われる。その2種の実験は聴衆と演奏者の双方にとって、この疑問への証拠を引き出す試みとなるものである。
要旨
内部寸法の同一の『キーなしフルート』について薄い銀、重い銅、木の各々3種類を作成した。それらを視認できない状態にして、音楽的に経験のある被験者に聴かせた。そして、その者達に音色が同一か否かの判断の質問をした。
被験者のスコアとフルート材料の間には統計的に有意な相関性は認められなかった。視覚的あるいは触覚的な判断の手掛かりを失くす処置を施した状況下では、フルート奏者は前に選んだフルートを再度特定することはできなかった。
初回の試験で被験者のフルーティストは基音の音に制限され、2回目は1オクターブ上に制限された。しかしタンギングとアタックの音は自由とした。
別々の4名の全員がかなり熟達の奏者のフルーティストで、9回そのような組合せでの試験を行なった。
その4名のフルーティストのスコアは次である。(訳注:見やすい表に改善した。)
ランダムな仮定では、期待されるスコアは 5×1/3=1.7 である。そしてそのような9個のスコアは0.35の標準偏差になるだろう。実験結果の平均スコアは1.3であり、期待値より僅か1シグマ小さい。我々は22回の試験では、うちの1つの試験で4またはそれ以上のスコアを期待可能である。9回の試験での1セットでのそれの発生に驚くことはない。ここで、4のスコアを得たフルーティストAは次の2回の試験で0と1のスコアだった。
最初に好きと選択したフルートだけでなく、「同一である」と指名したフルートを「好きな」フルートと制定すると仮定すれば、銀管は21回、木管は19回、銅管は14回名指しであると分かった。ランダムな仮定では、各々の管材料で18回が期待される。観察された数字のカイ2乗検定は1.44のカイ2乗値を得る。これは2自由度の有意に要求される5.99より遥かに小さい。
このようにランダム選択の証拠しかないのである。
縦列を合計すると観察者は最初の演奏楽器に275票を投じ、2回目は330票、3回目は367票であることがわかる。これら数値の開きは324票で期待される標準偏差5シグマより大きい。唯一フルートは各列同数現われるから、これは材料の影響ではない。それは演奏順序が観察者も選択決定するに重要であるということが度々観察されるという事実を強く示すのである。
例えばSaunders5)はバイオリンのストラディバリウスの嗜好性現象試験でタイプに関係なく2番目演奏楽器を非常に度々判断者は票を投じたのである。
期待値に9の値を使い、各試行に2自由度を割り当て、すべてのデータの組にカイ2乗検定を適用することによって、ランダム仮定の強い否定(ρ<0.005)が得られる。
(訳注:カイ2乗検定は理論上の期待度数と、観察度数との食い違いの程度を明らかにするために行われる検定です。参考URLはこれです。 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1245014447)
このようにして投票は純粋偶然性から期待するよりも強力にグループ化されている。しかしながら各試行の多数投票を観察者の選択(tiesを1/2と数えて[訳注:tiesの意味が取れない])と取れば、判定者としての観察者は36試行のうち12.5試行に正しく投票したと分かるのである。このようにグルーピングは材料の結果ではない。
順番の影響に加えて演奏者の感知可能な変化がグループ化に影響するようだ。これは唯一フルートの順番を同じにした2組の試行の比較がこれを支持する。質問を受けた観察者はほとんどすべての場合に、選択の困難さを認めたのだ。ということは、これらの演奏変化は大きくなかったのである。
しかしながら、このことはすべてのスコアへの単純なベルヌーイ試行の適用を妨げるのである。
(訳注:ベルヌーイ試行についてはここを見てください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%8C%E3%83%BC%E3%82%A4%E8%A9%A6%E8%A1%8C)
演奏順序、使用フレーズ、銅管対木管に関して変化解析を行なった。そして観察者が正しく唯一楽器を識別したかどうかの決定に関して、それらの相互作用はこれらのうちどれもが5%レベルで有意であるとは示さなかった。
表Ⅰから未熟観察者は熟練観察者よりやや(しかし些細であるが)スコアが高いことが分かる。全平均スコアは期待される標準偏差値となっており、とりわけ優秀な観察者はいなかったことをほのめかしている。
とはいうものの、13.1という平均スコアは期待値の12よりやや高い。
しかしながら、今回の試行は972回(訳注:39回×27名)の観察の統計的独立系を保証しているものではない。27人の観察者の各々は同一セットの試行を聴いていた。例えばもし演奏者がたまたま音符一つを下手に奏したら27人すべての観察者はこの試行を同じスコアにすると考えられる。演奏の変化がたまたま一つのフルートに対応するという統計的な期待値はこれもまた1/3であるが、今回は972試行ではなく36試行に過ぎないので標準偏差は非常に大きくなる。
このようにして、僅かな12からのズレが有意なのかどうか、記録間の相関をもっと詳しく調べる必要がある。
表IIは実験の結果を表している。3個の数字でなる各々横行の一組は3回の演奏からなる一回の試行を表している。数字前のアルファベット文字はこの試行での唯一フルート(訳注:3回の演奏のうち1本だけが他の2本と異なる材料で、それを指している)の順番を明示している。数字は相当順番へ票を投じた27人の観察者の人数である。
Ⅰ.供試フルートの構造
銀、銅、木でなる3種のキーなしフルートを作成した。これらすべての内径を1.9cmとした。銀管はプロ用フルートを作る材料からのものであり、壁厚は0.36mmである。銅管の壁厚は1.53mmであり銀管より4倍厚い。3番目の管はgrenadillaでできており、それは木管楽器にしばしば使われるものである。その壁厚は4.1mmとし、木製フルートの典型的な寸法である。その重さは銀管の1.7倍である。管は夫々32.7cmの長さとし、プラスチックの一種であるデルリンの短い頭管部を付けて、歌口の中心まで5.1cm伸ばした。3本のプラスチックでできた頭管部は特製テーパのついたリーマで内側寸法が等しくなるように削った。歌口部の径は1.75cmにした。
歌口自体はプロ用モデルのフルートのマウスピース(訳注:リッププレートのことか?)のパラフィン型を使用し、このプラグ(訳注:this plugどこを指すのか不明)回りにエポキシ樹脂で頭管部に前もって開けた大き目の穴を埋めることで歌口を形成した。
銀管と銅管の開放端は外側を包み込む短い管で太くし、端部の外径を木管のものと同一にした。3本の楽器の音響的に重要な寸法を0.1mm以内の精度で同一にした。
3本の楽器の第1モード(基音)を398Hz、すなわち概ねG4のオーケストラフルート音階の中間とした。鳴り易さ、パワー、音色はそれを試験したフルート奏者に優秀と評価された。
図1 演奏で保持しているときの銀管、銅管、木管フルート
フルート材料の音色への影響
John W. Coltman